D-time

Dタイム

ありがとうマンが贈る 
〜心に残るありがとう〜 話

2019.05.09

見知らぬおじさん

 私には妻がいたが、一人娘が1歳と2ヶ月のとき、離婚することになった。酒癖の悪かった私は、暴力を振るうこともあり、幼い娘に危害が及ぼすことを恐れた妻が、子供を守るために選んだ道だった。私は自分がしてしまったことを心から悔やんでいる。そして今は、付き合いといえども酒は一滴も飲まないことにしている。もちろん、だからといって「よりを戻してくれ」なんて言うつもりはないし、言える立場でもないことは、わかっている。ただ、元妻と娘は幸せになってほしいと思う、その気持ちに嘘はなかった。
 離婚するとき、私は妻と二つの約束をした。ひとつは年に一度、娘の誕生日だけは会いに来てもいいということ。もうひとつは、その時に自分が父親であるという事実を娘には明かさないこと。それは私にとって、とても辛いことではあったが、娘にとってはそれが最良の選択であることも分かっている。一緒に祝えるだけでも感謝しなければならない。
 それ以来、娘の誕生日は、普段着ないスーツを着て、母子に会いに行った。元妻は私のことを「遠い親戚のおじさん」
と紹介した。娘も冗談なのか、なんなのか、私のことを「見知らぬおじさん」と呼んだ。娘は人見知りだったが、少しずつ打ち解けていって、三人で近所の公園に遊びに行くこともできた。周りから見れば仲睦まじい家族に見えていたかも知れない。それは私にとって何にも変えがたいほどの幸せな時間だった。これが平凡な日常ならば、どれほど素晴らしいことだろうか。
 年に一度の、この日のことを思うだけで、酒を遠ざけることができた。だが長くは続かなかった。娘が小学校に上がる年のことだ。例年通り、私がスーツを着てプレゼントを持って母子のもとを訪れると、元妻から「もう会いに来るのは最後にしてほしい」と言われた。そろそろ色んな事を理解してしまう年頃だからと、それが理由だという。私にはわかっていた。新しいことが始まろうとしているのだ。娘もやがて一緒に誕生日を祝う同級生ができるだろう。元妻は、再婚を考えているかもしれない。そんなところに“見知らぬおじさん”がいてはいけない。私だけが過去の中にいた。
 年に一度、家族のような時間を繰り返せば、いつか二人が私を「お父さん」と読んでくれる日が来るかも知れないと、そう本気で信じていた私が愚かだった。どれほど切実に願っても、一度壊れてしまったものは、元に戻らない。これが現実かと思い知った。「あっ、見知らぬおじさんだ!きょうは遊びにいかないの?」「きょうはね、 おじさん行かなきゃいけないんだ」「なんだ、ざんねん!」母子にとって、それが一番の選択なのだ。「ごめんね。元気でね」私は力一杯目をつぶり、手を振る幼い娘の姿をまぶたの裏に焼きつけた。「バイバイ!」それ以来、母子と会うことはなくなった。
 だが、娘の誕生日だけは、どうしても忘れられず、毎年プレゼントだけを贈り続けた。筆箱や本といった、ささやかな物を、差出人の欄には何も書かずに送った。それを元妻が娘に渡してくれていたかどうかはわからない。ただ、娘の誕生日だけが、小さな楽しみになっていたのだ。それも、中学生になる年にはやめようと決めていた。娘からすれば、私は知らないおじさん。こうして、ずっとプレゼントが届いても迷惑だろう。娘には、新しい未来がある。私も別の道を歩まなければいけない。ただ、娘の幸せだけを願い、英語の辞書を送って、最後にすることにした。
 それから、一ヶ月ほど経ったある日、私のアパートに、郵便物が届いた。差出人の欄には何も書かれていない。小さな箱を開けて見ると、中から出てきたのは、水色のネクタイピンとメッセージカードが。メッセージカードを開くと、そこには初めて見る可愛らしい文字が並んでいた。
【 いつも、素敵なプレゼントをありがとう。私もお返しをしようと思ったのだけど、誕生日がわからなかったので(汗)、今日、送ることにしました。気に入るかなあ・・・見知らぬ子供より 】
 私の頭はぐるぐる空回りし、思考が一時停止の状態が続いたが、やがて止めどない涙が溢れて来て、最後は大声を出して泣きだしてしまった。それは、壁にかかったカレンダーをみてからだった。その日は6月の第3日曜日「父の日」だった・・・

見知らぬおじさん・・・、嬉しいでしょうね。見知らぬ子供さんからのプレゼント!
例え目に見えない関係でも心はしっかり繋がっていることが証明されましたね。

以前の奥さんの影の支えがあってのことなのでしょうね。この当たりも忘れてはいけません!
やはり、どこまでいっても親子です!

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