ありがとうマンが贈る
〜心に残るありがとう〜 話
2024.06.30
俺には、嫁がいない。
正確に言えば、嫁はいたのだが、病気で先立ってしまった。
ただ、俺には10歳の娘がいる。
娘は本当にヤンチャで、しょっちゅうケンカして帰って来る。もう良い年だっていうのに、小学校低学年みたいな理由でケンカして帰って来る。
何やってんだ。
そう言えば、娘が最近料理をやり始めた。
普段から料理は全部嫁さんに任せていたからてんでダメで、俺の下手くそな料理が気にいらないんだと。
口の減らないガキだな。
まぁ、めんどかったから良かったけど。
そのせいか、最近いつもやたら早く帰って来る。
友達いないんか、こいつは。
しかも、いちいち「一緒にご飯食べよ!」とか、「一緒に寝よ!」とか、ガキかてめえは。
あ、ガキだったな。
そんな娘が25歳になった。
何かよ、結婚するんだと。
まぁ当然俺も呼ばれるわな。
バージンロード、一緒に歩いて欲しいとか、そんなんしんどいわ。
まぁ、でもこれでようやく娘が離れてくれる。
この15年間。料理は私が作るとか言い出してから早15年経つわけだ。
いつもいつも俺に料理なんか作って、一緒に食べて、一緒の部屋なんかに寝て、正直鬱陶しいと思う連続だったわ。
まぁ退屈はしなかったが、せいせいするわ。
華やかに彩られた式場。煌びやかな衣装を身にまとった娘。
父へ贈る言葉。
「母さんへ」
って、母さんにかい。
「約束は守ったよ」
はい?
「母さんがいなくなってから、母さんの代わりに毎日ご飯作ったり、一緒に寝たり。
そうそう、父さんは面倒くさがり屋さんだから、ムッとしてても気にしなくてもいいって言ってたの、本当だったね。
最初は不安だったけど、ある時、ふと不意に覗いて見たらにやけているのを見ました」
見られてたんかい。
「父さんね。口では、めんどくさい、しんどい、って言っていても、なんだかんだ付き合ってくれるし。ちゃんと私のこと見ていてくれるし。
口は悪いけど、欲しい時に欲しい言葉、ちゃんとくれたよ。
私のご飯、最初は全然おいしくなかったのに、食べる度に美味い、美味いって沢山言ってくれた。
あの初めて作った肉ジャガとかひどかったのにね。
母さんが父さんに惚れた理由が解りました」
やめろ、恥ずかしい。
「私も父さんが大好きです。
だからかな。
母さんが最後に私にお願いした、私が結婚に行くまでは父さんのお嫁さんになってあげてってこと、守って行けました。
父さんは寂しがり屋だから、一緒にいてあげないとダメダメだからって。
まぁ、大人みたいにキスするとか、恥ずかしくて出来なかったけど、それ以外の嫁っぽいことは沢山してあげれたよ。
だから、うん、いつも一緒にいたから、寂しくなさそうだったよ」
あぁ、退屈はしなかったな。
「そういえば隠してたけど、たまに、父さんの事、片親だーってバカにしている人もいたけど、その度、ケンカしました。
ボコボコにして言ってやりましたよ、私が嫁だからいーのって」
だからよくボロボロになって帰って来てたんかい。
「何か、周りから変な目で見られたり、バカにされ続けたけど、全然辛くなかった。何せ、私の父さんは、自慢の旦那だったからね」
旦那言うな。
「でも、
でもね。
もう、一緒にいてあげられないよ。
もう一人、大好きな人ができました」
……。
「私はこの人と一緒に生きます。だから、母さんとの約束はここまでだね。
本当は離れたくない、離れたくないよ。
ずっと一緒にいたいよ。
でもね、ごめんね。
ごめん…ごめっ…」
バカやろう。
「父さん、私、お嫁に行っちゃうよ!
行っちゃうからね!
約束守ったからね!!」
ああ。
「だから、私がいなくてもちゃんと料理作るんだよ!コンビニの惣菜ばっかじゃダメだからね!」
えー、めんどくさいな。
「私がいないからって、暑い時にクーラーをガンガンにかけて寝ちゃダメだよ!風邪ひいちゃうからね!」
それはしんどいな。
「あとね、あとね…。
あれ、なんでだろ。
涙が止まらないや。
止まらないよっ…。
父さんっ…」
あの、バカやろう…!
俺は嫁に駆け寄って、全力で抱き締めてやった。
旦那が驚いて見てやがる。
今日だけは許せ。
「あのなぁ、これから人様の嫁になるって言うのに、こんなことでなに泣いてやがるんだよ。
母さんがいなくなった時だって、泣いてなかったくせに。
前だけ見やがれ。
旦那が心配するだろ。
お前には輝かしい未来があるんだ。
俺なんかと一緒にいるよりも輝かしい未来が。
誇りに思えよ、こんな物臭野郎の嫁を15年もやってたんだ。
誰とだって上手くいく。
幸せになれる。
お前にはその権利があるんだ。
だから、早く幸せになっちまえ」
でも、父さんが一人に…。
「バカやろうが。
俺は一人だって生きて行ける。
中年おっさんを舐めるなよ。
ほら、旦那が見てるだろ。
早く泣きやめ」
周りの連中が沈黙で俺たちを見守っている。
恥ずかしい。
ただ、言わなきゃならないことができた。
旦那の前に立つ。
「この通り、俺みたいな野郎のためにすぐ泣くがな。
15年も一途に俺みたいな野郎に尽くす、できた女だ。
他にはなかなかいないぜ。
すごいだろ。
そんなできた女を、旦那、お前にやる。
感謝しろよ。
ただし、
一つだけ約束しろ。
いいな。
これだけは絶対に破るな。
幸せにしてやってくれ。
全力で幸せにしてやってくれ。
こいつは、色んなものを犠牲にし過ぎた。
本来味わえるはずだった、輝かしい青春時代。
全部、俺にくれた。
こいつはもう、幸せになっていいはずだ。
だから、
頼むから、
頼むから、必ず、幸せにしてやってくれ…!」
俺は生まれて初めて全力で頭を下げた。
旦那は、力強く頷いた。
よし、もう思い残すことはない。
何か、色々やらかして恥ずかしいので、退散することにしよう。
俺は式場を後にした。
勢いで出てきちまったけど、この後どうするかな?
まぁ、取り敢えず夕飯のこと考えるか。
そうだな。
献立は、
嫁が初めての手料理で作ってくれた、肉ジャガにするか。